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2012-09-23

南アの鉱山労働者への警官隊の発砲その4(Police shootings at mine in South Africa)

 一カ月以上を経たマリカナの警官隊による発砲事件の経過ですが、本日9月22日の時点でズマ大統領の発足させた委員会からの報告は出ていません。この藤原一也の南アフリカレポートで「南アの鉱山労働者への警官隊の発砲その3」で(31.08.2012)書き込んだ内容についての新たな事実の確認はほとんどありませんが、この事件の底の深さを見せつけるように、政治的な側面からの南アの人物や団体の動きが連日新聞・ラジオ・テレビなどで報道されています。この時点での私のメモとして報道されたことのいくつかを時系列で書き込んでみます。

①8月31日に各紙が「270人の鉱山労働者が殺人の罪で一斉に告訴される」と書きました。地元のCape Tims紙は見出しが「COMMON PURPOSE' INVOKED Miners chargeed with murder」で、記事中に 「~Ga-Rankuwa Magistrate's Court building to hear what the State's new charge sheet~」との記述があります。

②9月3日には各紙が「鉱山労働者の告訴は保留された」と書きました。地元のCape Tims紙は見出しが「NPA BACKTRACKS ON MURDER ACCUSATION Charges dropped against miners」で、記事中に「~The National Prosecuting Ausority(NPA) has announced that it is provisonally withdrawing murder  charges against 270 Lonmin mineworkers ~」と続けました。

③9月4日には地元紙が拘留されていたロンミンの鉱山労働者が第一陣として161人が釈放されたことを報道しました。地元のCape Tims紙は「Released miners claim they were chased, shot by police」と見出しをつけ、「We saw the TV footage, but most things were not there」と労働者の訴えを続けて書きました。9月3日以降から拘留されていたロンミンの鉱山労働者の釈放が続きました。そして、これらの拘留された270人の動向に係わらずロンミンプラチナ鉱山のストライキは続けられました。

④9月6日にはロンミンの鉱山労働者の代表とコサツ、NUMとの間で平和合意(Peace Acord)が取り交わされましたが、Amcuは合意せずに署名を拒否しました。この平和合意にも係わらず、その後もロンミンの鉱山労働者によるストライキは続きました。

⑤9月18日にはロンミンの鉱山労働者側と会社側の合意が成立し平均で22%の賃上げが実現することになりました。地元のCape Times紙は19日に「Lonmin sees light, but mines in trouble   Strikers cheer 22% offer」と書きました。例えば、ドリラー(Rock drill oprator)は平均で9063ランド(90630円)だった給与が1875ランド(1875円)増加し、10938ランド(109380円)になるというわけです。

⑥およそ一か月間の攻防を経て、マリカナでの事態は収束に向かっているかに見えますが、このレポート「南アの鉱山労働者への警官隊の発砲その3(8月31日)」で書いたいくつかの疑問はズマ大統領が指示した「Judicial commission」の報告が出されていないことから、解明されないままです。私は賃金をめぐる労使の交渉は一区切りついたとしても、34人が亡くなり、78人が傷ついた警官隊の発砲事件そのものはまだ何も解決していないとみています。引き続きこの課題での社会の動きをウオッチングして、判ったことを報告して行きたいと思います。



2012-09-21

フランス領レユニオンのダニエラ(Danielle from Reunion )

クリストロ先生とダニエラ(卒業式)
 

 語学学校には様々な生徒がいます。フランス領レユニオンという私が初めて聞いた地名の島から(マダガスカルの東方に位置して、モーリシャスも近いところにあります)ダニエラが来ていました。彼女はもとはフランス本土で育ったのですが、結婚後にレユニオンに渡り、長く社会福祉にも関わりながら2人の子供を育てあげました。


ダニエラと一緒に(I.H語学学校)
 
彼女はすでに熟年の域に達してから、自らハンディカメラを担いでドキュメント映画制作に取り組むようになりした。このケープタウンに来ている理由は、次の作品(女性の海洋生物学者の物語)の構想を練り上げ実現させるためだとのことです。この作品に不可欠な関係者が英語を第一言語にしているので、自分は英語を学ばなければならないとのことです。

 さて、そのダニエラの最新作は「L' ecole des hauts」というタイトルです。レユニオンの都市部から約3時間半を掛けて歩き続けなければたどり着かない、人里離れた地域の山の分校のアン教師と10人の生徒の物語です。この作品のためにダニエラは山の分校に通い、作品の主人公たちの理解を得、子供たちの親たちとも話しながら撮影を続け、完成までに3年間を費やしました。


ダニエラの作品(DVD)
  フランス語の作品なのですが、語学学校の教師のクリストロ先生がダニエラの用意したフランス語のシナリオを英語訳して配り、授業中に皆でDVDを鑑賞しました。フランス語の全く判らない私が、この作品に写し取られたレユニオンの自然と先生と子供たちの純粋な交流の場面に引き込まれました。少し持ち上げすぎなのですが、日本の壺井栄原作、木下恵介監督作品の「二十四の瞳」を想起させる画面があり見ていて感動してしまいました。

 

食卓①
食卓②
このご縁でダニエラを自宅に招き夕食をともにしました。彼女の次の作品への思いや、生き方を知るにつけ、人間の可能性って尽きることがないなと思いました。元気なダニエラに乾杯!

2012-09-13

お気に入りの食堂など(My favorite eating houses)

今朝のグレープフルーツ

今朝、食べたグレープフルーツは大玉で3.9ランド(39円)/個でした。酸味と甘みのバランスが良くてとても美味しいのです。そして何よりも価格が適切です。こちら南アの西ケープ州はアフリカ南部にあって、地中海気候の地域を擁しています。そのため柑橘類や葡萄の類が良く実ります。車で北上すると豊かな平地が延々と続き、水にも天候にも恵まれていることから農業分野での可能性を感じさせる土地柄です。海もあるし野菜や果物も豊富なので食生活は工夫次第で楽しみがあります。


ポスタチーノの看板
ポスタチーノのピザ
今回は気に入っているいくつかの高級レストランとまでは言えないが日本でいうところの「お食事どころ」相当する私のお気に入りの店を紹介します。まず、「POSTICINO」というイタリー料理の人気店です。ここの店の名前と同じポスタチーノピザがチーズとキノコの組み合わせが抜群です。地元の南アワインと組み合わせると気軽に食事を楽しめます。




イルレオンのシーフードパスタ

イルレオンの入口
 地元の人が薦めてくれた「il Leone」というイタリー料理店もなかなかです。こちらは野菜サラダとシーフードパスタの組み合わせが気に入っています。野菜とさっぱりしたドレッシングの組み合わせ、パスタの麺そのもの味わいに加えて、添えられる魚介類が形と鮮度が麺にうまく絡まってきます。地元では少し高級感のあるワインを組み合わせて、大満足です。




ディンケルベーカリのサンドイッチ

同ベーカリのスープ

同ベーカリの入口
「Dinkel Bakery」というドイツ系のパン屋さんが経営する裏庭食堂も味わい深いものがあります。ここのパンは噛みしめて味わうといった風情ですが、サンドイッチにしてもらってその日の特製スープやコーヒーとともに楽しみました。木蔭のやわらかい日差しのなかで、ドイツ系のパンを噛みしめてたべ、パンそのものの味を味わえました。

地元の人々がお気に入りのこれらのお店をこれからも探してみたいと思います。

2012-09-08

キャッスル・オブ・グッドホープ訪問(Castle of Good Hoop)


城壁からテーブルマウンテンを臨む

城壁内でクラス仲間と記念撮影
 前回は東インド会社のスレイブ・ロッジを取り上げましたが、その話題の並びで今回はキャッスル・オブ・グッドホープを紹介します。17世紀に東インド会社によって建てられた南アの歴史的な建造物です。さらに以前に紹介したカンパニー・ガーデンは大航海の中継地として立ち寄った船に水や野菜などの食べものを供給するために開墾された畑地と言うことです。そこを奴隷が開墾し、その奴隷達が収容されていたスレイブ・ロッジがあり、それらを遂行したオランダ東インド会社の提督が居住したグッドホープ城はそれぞれ深く関連しています。

拷問道具
ガイドと飛び入りの仲間
 このグッドホープ城の城壁や堀割が保存されています。当初は海岸線に位置していたとのことですが、今もケープタウンの中心部に位置しています。この地の開拓の経過が良くわかります。ガイドに案内された城壁は、日本のお城とは異なりそれほど高く(10m程度)ありません。しかし、前にはテーブルマウンテン、後ろには大西洋やインド洋に連なる海があると言うわけで、素人の考えですが、天然の要塞だったのではと思わせます。また、ガイドの案内でお城の牢獄と拷問道具、とても大切だったと思わせる山からの飲料水の水路や井戸などを見てまわりました。オランダ人がアフリカの地に拠点をつくるということは、当時の道具立てではヨーロッパ各地からの開拓民とともに奴隷の労働が欠かせなかったのかと思わせました。
夜のパーティ会場

会場内の様子


 この歴史あるお城も今はケープタウンの観光名所となり、数多くの旅行客が押し寄せます。また、この施設にはカフェやレストランがあります。別の日にはこの施設の一部を利用して、ブラジルの独立をお祝いするパーティが開催されました。「南ア産の美味しいワインを手にしながら、南アの厳しい歴史にも思いを馳せて、ブラジル独立記念日を祝う」というなかなかお洒落な企画でした。昼と夜では周囲の雰囲気が異なっていましたが、事前にお城の歴史を知る機会があったので、このようなパーティも視点を広げて楽しむことが出来ました。

2012-09-07

スレイブ ロッジ訪問(The slave lodge)


スレイブ ロッジの垂幕

スレイブ ロッジの入口
  
 9月になって明らかに気候の変化が感じ取れます。日ごとに夜明けの時間帯が早まり、そして日没が遅くなっています。気温も徐々にあがり始めました。本日は語学学校の戸外授業でスレイブ ロッジ(The slave lodge)を訪問しましたが、日差しが強く、上着を脱ぐほどの気温となりました。

 17世紀にオランダ東インド会社の奴隷小屋として建築されたのが始まりということです。現在は南アフリカ共和国での奴隷の歴史を学ぶとともに17~19世紀のケープタウンでの生活を想起させる日用品などの展示が行われています。この施設はケープタウンの国立博物館群の一環をなしていて、以前のブログで紹介したカンパニーガーデンの並びにあります。

世界各地から来た奴隷
 今回は私は初めての訪問でしたが、映像資料で南アの奴隷の歴史をかいつまんで知らせ、各所に奴隷生活の実態をうかがわせる資料をちりばめてあり、勉強になりました。特に南アが虹の国と言われるような人種構成の複雑さの背景を少しだけ知ることになりました。オランダ東インド会社が募集した農地開拓民としてオランダのみか、ドイツ系やフランス系が入り、さらにこの東インド会社は中部アフリカや南部アフリカの先住民、インドやマレーシアなどのアジアからの人々を奴隷として使いました。本日の施設はもともとは奴隷が逃げ出さないように閉じ込めた奴隷小屋だったわけです。日本国内での経験ではなかなか想像しがたいことがらとして受け止めました。
 

カンパニーガーデンの日本庭園

日本庭園の石灯籠
  
なお、私のブログでカンパニーガーデンを紹介した際に、日本の石灯篭が設置されていることを書きましたら、石灯籠評論家でもある友人のchihei さんから、写真で示すようにとの書き込みがありました。今回、このスレイブ ロッジからすぐの距離にあるカンパニーガーデンを改めて訪ねて石灯籠の写真を撮りましたので紹介します。



石灯籠の由来紹介
(日本移民への経由地での親切と歓待を記念して-1932年)


 

2012-09-05

夕陽に舞う鳥人間(A hang glider in sunset)


沈みゆく夕陽とリング

沈んだ夕陽とリングの残像
本日は朝から雲一つない快晴でした。私の住んでいるケープタウンのシーポイント地区は夕陽が素晴らしいことで知られています。地元のカメラ好きや観光客がこの周辺にシャッタチャンスを狙って集合します。私も時おり海に沈む夕陽を眺めてはiPadで写真に収めたりしていました。


夕陽に舞う鳥人間
最近、「この沈む太陽が海に沈む一瞬に、黄色や黄緑に近いリングを見ることが出来る」との情報を得ました。情報源はフランス領のレユニオン島から英語の語学研修に来ているダニエラと英語教師のクリストロ先生です。その言葉を信じて、このところ数日間を夕陽観察にあてましたが、雲のある日はなかなか夕陽リングを発見出来ずにいました。本日は夕方6時頃から少し粘って写真を撮ることが出来ました。彼らが話している光景なのかどうかは定かではありませんが、確かにiPadの画像にはリングらしきものが写っています。

 

 また、その時間帯にケープタウンの鳥人間達が、偶然に夕陽に向かってハングライドしてきましたので、面白い写真をものにすることが出来ました。先日このブログで紹介した「鳥人間」たちが夕陽の中を舞っている光景と思ってください。これを建物の7階部分から撮った写真の一部を紹介します。併せて、この数日間の雲のある日の夕焼け風景を紹介します。


別の日に地上で撮った夕焼け①


別の日に地上で撮った夕焼け②

2012-09-04

マウントネルソンホテルのコーヒー(Mount Nelson Hotel)

ホテルの入口

洒落た色合いの壁
  このブログでケープタウンのカンパニーガーデンを散策したことを書きました。その並びにマウントネルソンホテルがあります。建物の壁面が淡いワイン色でお洒落なホテルです。ここからのテーブルマウンテンの眺めは素晴らしいものです。    私はケープタウンに住んでいるのでホテルに泊まることはありませんが、美味しいコーヒーが飲めるのではないかと期待して訪問しました。

コーヒーを注文
ハイティの会場
 日曜日の夕方4時半頃でしたが、ホテルではイギリス式のハイティが行われていました。私は遅いランチをとった後でしたので、そちらは別の機会にと考えてコーヒーのみをいただくことにしました。ケープタウンではコーヒーの専門店がいくつかあるようです。私はワイン探索には力が入るのですが、コーヒーはの比較はなかなか難しいです。たまたま語学学校の近くのWiFiが使える喫茶店(CATURRA)を良く利用していますので比較をしてみました。

 
お気に入りの店CATURRA
やはりコーヒーの味や香り、コーヒーカップなどの調度品やテーブルと椅子、その周りの雰囲気はマウントネルソンホテルが少し上ですね。お値段は喫茶店(CATURRA)が15ランド(150円)/一杯、ホテルは25ランド(250円)/一杯です。日本との比較ではいずれも利用しやすい価格です。
 
 最近、私はマテ茶を進められて飲んでみたところ、なかなかの味わいでした。ワイン以外にも紅茶、マテ茶、コーヒーなどの飲料についてもこちらの現状を調べてみようと思います。

2012-09-02

春来る(Spring has come to Langebean)

咲き誇る野の花

本日9月1日は地元紙の天気予報を覆して絶好の花見日和となりました。あらゆることはさておいて、ランゲバーンという街を目指しました。この街はケープタウンから車で、海沿いに27号線を北上しておよそ1時間半のところにあります。ちょうど南アフリカウエストコースト国立公園の入口に位置しています。

 実は先週の土曜日もこのランゲバーンからおよそ車で30分のダーバンに花見に出かけたのですが、雨にたたられて満足できる成果は得ることが出来ませんでした。今回は天候に恵まれて、春の到来を心ゆくまで味わうことが出来ました。私はもともと「花より団子」ということで食べ物の方に関心が高いのですが、一斉に咲き誇る野の花の美しさには心からの感動を覚えました。
遠くに湾を見て

白砂を前にして
日本ではこのような場所があるとすると、一斉に人々が押し寄せて交通渋滞なども予想されるところですが、こちらでは地元の花好きが家族連れで出かけるといった状況です。南ア観光の穴場的な存在と言っても良いでしょうか…



人物がおじゃまかも
ランゲバーンの街を経由して、南アフリカウエストコースト国立公園に入園し、草花や灌木とともに野鳥やダチョウを観察できます。足に自信のある人はウォーキングにも挑戦していました。また、海の近くの公園でもありますので、浜辺の景観を楽しむことが出来ました。能書きはこれぐらいにして、今日はiPadで撮った画像を何枚か提供します。お楽しみください。

2012-09-01

ケープタウン暮らし(My life in Cape Town)

ライオンヘッドを臨む①
ライオンヘッドを臨む②
 
 ケープタウンで驚かされることは一日に天候が何度も雨、風、晴れ間、雨、風、晴れ間と繰り返されることです。本日も新聞の天気予報では100%の雨となっていて、確かにお昼時には叩きつけるような雨が降りましたが、室内で雨宿りをしていると、からりと晴れて陽の光がさす時間帯がありました。その時を語学学校から自宅までの移動にあてました。そして自宅の机に向かうと、また猛烈な雨と風と晴れ間を繰り返しています。ケープタウン名物のテーブルマウンテンとライオンヘッド越えの雨雲が空を覆いだす一方で、海側は大荒れだけれども晴れているといった不思議な天候です。同じ日に撮った写真とは思えないほどです。

スペインから来たマリーサとクリストロ先生
  さて、本日は私のクラスで一番若いスぺインから来たマリーサに修了証が渡されました。彼女は夏休みを利用して約1カ月を英語学習に費やしました。日本ではまだ高校1年生の年代ですが、将来はアフリカで働くことも考えているなどとてもしっかりした女性です。また、先週に修了証を手にしたブラジルから来ていたジュリアンはおよそ2カ月を南アでのボランティア活動をしながら英語を学んでいました。彼女は20代半ばで、ブラジルでは社会奉仕の仕事をしていたと聞きました。真面目で元気な女性がケープタウンのインタナショナルハウスには数多いです。

 同じクラスの生徒たちからKAZUは何のために英語の勉強をするのかと真面目に聞かれて戸惑うことがあります。明確な目的は十分には持っていなくて、たまたまケープタウンに暮らしているのだから英語の勉強でもしておこうか…と言った程度の心構えなのですから。「自分は定年になって年金暮らしになったので好きなことが出来る」と説明していますが、若い人には全く説得力がありません。
 
本日のCape Times
 しかし、力んで見たところで、私自身の大きな変化は期待出来ません。そこで、以下のようなことを考えています。「何でも見てみよう」の精神で南アの様々な出来事を観察する。また、本日の地元紙に前回のブログでふれたマリカナの鉱山労働者について新しい記事がありました。まだ、Judicial commissionの報告が出ていない段階ですけれども、南アの検察が仲間の鉱山労働者を殺害した罪で、同じくストライキに参加していた270人を起訴すると発表したようです。これらについての丁寧なフォローも今後も継続して行きたいと思います。