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2014-06-09

2014年6月8日の第二日曜日、日本の政治家に強い危機感

私は日曜日の朝、まず午前6:00の「時事放談」、次に7:30の「新報道2001」、9:00の「日曜討論」とテレビのハシゴをします。そしてこの時期は午前5:00頃には目覚めますのでテレビの合間を縫う様に「朝日新聞」、「読売新聞」、「しんぶん赤旗」を読みます。そして気に入った記事は後できりばりをします。このような日曜日の過ごし方は長く続けています。そうです、私は日本の政治に強い関心を寄せている一人です。私は、今、日本の政治に強い危機感と不満を持っています。

私は1948年生まれで、1945年の第二次世界大戦における日本軍の無条件降伏を含むポツダム宣言受諾後の戦後日本の暮らしぶりについて記憶として残っている団塊世代でもあります。そして、戦争に係る様々な話を明治生まれの爺ばば世代、大正生まれの父はは世代から聞かされて育ちました。結論は「あんな戦争はもうこりごりだ、二度とやってはいけない」ということでした。

そして、私の小学、中学時代、高校、大学時代と教育の現場では戦後日本の基本的指針としての「日本国憲法」が常に意識され、語られて来ました。この憲法が掲げた戦争の放棄と平和主義との関連で、1951年のサンフランシスコ講和条約と日米安全保障条約の締結が国民的議論の題材になってきたのです。歴代の日本国の政権与党はどの党派であれ常に「日本国憲法」を優先させた憲法解釈をしてきました。もちろん、その時々、節目には国会での論議、国民的論議による世論づくりと民主主義の根幹部分は維持されてきたと私は思います。

ところが、今日の安倍政権の「集団的自衛権」をめぐる日本国憲法の好き勝手な解釈は、戦後70年間の営々とした論議の積み上げを無視して、日本の民主主義を破壊する行為であると断じざるを得ません。何故、国会での論議を丁寧に行わないのか?憲法の改正が必要ならば、何故、国民に諮らないのか?日本国憲法は一政権のものではありません。日本国民のものです。また、世界の人々に向けても誇らしい内容を持っていると思います。はたして、このように簡単に安易に、一政権のこだわりで日本国憲法が歪められてもいいのでしょうか?私は次世代のために発言します。絶対に許せないと。私は国会議員と名のつく国政の代弁者にもっと危機感を持っていただきたい。国会論議がもっと沸騰して欲しい。さらに日本国憲法をめぐってはより深い国民の議論を保障するべきです。何がなんでも民意を探れと言いたいです。

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